シルトの岸辺

シルトの岸辺 (ちくま文庫)

シルトの岸辺 (ちくま文庫)

友達から「おもしろいから読んで」と言われて借りた作品です。*1ジュリアン・グラックなんて名前聞いたこともなかったんですが訳者の安藤元雄さんは何回か見たことがあったので、いっちょ読んでみようという気になりました。500ページあるんですが、小説だし余裕でしょ、なんて思っていたのですが・・・!!


この本の裏表紙に書いてある説明を抜粋してみましょう。

物語は、その前線シルトの城砦に「私」が監察将校として赴任するところから、おもむろに始まる。しかし、いつしか物語は緊張をはらみ、密度と速度を増し、安穏と倦怠の日常は、破局の予感へと高まって行く。
孤高の作家グラックの独特な香り高い詩的散文体で描き出す、静謐・精細な魔術的物語の世界。20世紀フランス文学の傑作長編。


「詩的散文体」とはなんぞやっていう話ですよね。いくつか抜き出してみますね。

言ってみれば、オルセンナの積年のあらゆる努力、オルセンナが好んで生き生きと描き出してみせたあらゆる映像は、そのことごとくが一種の恐るべき電圧低下を、最終的な均一化を指向していたのであり、すべてのもの、すべての存在がそこに自らのとげとげしい自己主張や、自らの危険な電荷を放下してしまおうとしていたのかも知れない。
(本文「均一化」に付点あり)

薄闇の中に高々と神像をいただく祭壇の、その台座の、平頂のピラミッド型がぎらぎらと光るさまを思わせて、石垣づくりの果樹のように這いあがって行った光は、その不規則な縁の線に達したところで終わっている。そして、はるか高く、遠くうつろな闇の上空に、うなじの直線をえがいて垂直に、みだらな貪欲な吸盤一つで空に貼りついて、虚無の泡の中から湧き出たいわばこの世の終末のしるし、乳白の物質でできたほの光る一本の薄青い角が、微動だにせず、永遠に異質の、凄絶な姿で、さながら空気が微妙に凝り固まったように、ぽっかりと浮かんで見える。


まぁこんな感じなんですね。これが永遠500ページなんです。ですから読むのに(ボクは)とても苦労したというのが第一印象かな(笑)集中力が必要になってきます。さらに、この物語って、ほとんど進展しないんですよ。最初の200ページから300ページなんて特に。主人公の青年が、都を飛び出して敵国との前線に赴く。その敵国とは300年間も何事もない。平穏な日常の影で、都の腐敗と、ゆっくりと忍び寄る戦争の始まりが、美しい文体でつづられる…みたいな感じです。戦争が始まるってところで物語は終わります。


ただ、誤解してほしくないのは、つまらなかったわけじゃないんですよ!むしろその逆。豊富なイメージにあふれているし、なにより、都の衰退や戦争の始まる予兆を、ゆっくりとしかし確実にすすんでいく現象を、見事に描いているんです。歴史でもなんでもそうですけど、衰退とか破局っていうのは、本当にたくさんの要因がありますよね。ギボンの『ローマ帝国衰亡史』があんなに長くなるのもうなずけます。それを一冊でまとめるんですから実は、とっても凝縮された作品なのです。特に、バラバラだったピースがある一点に収斂されていく様は天才の域に入ってます。大きな河の流れにも似た重厚で、なおかつ繊細な文体。がんばってでも読む価値ありだと思いました。


あと、グラックはゴンクール賞あげるって言われたのに、拒否してるんですよねー。そういうことができる人間って個人的にすごい好きです。

*1:この前、この友人から「早く返せよ」的メールが来ましてですね、ほんとすみません。この場でも謝罪しておきます