小路啓之『かげふみさん』

かげふみさん 1 (バーズコミックス)

かげふみさん 1 (バーズコミックス)

まぁ前回の記事(http://d.hatena.ne.jp/ali-grigie/20090621)の目的は、小路啓之のおもしろさを理論武装で支えようということだったんですけど、完全に読む気うせる文章だったと反省してます。しかし今回も(というか毎回)つまらない記事なので皆様には(読んでくれる人がいるかは不明ですが)申し訳ない気持ちでいっぱいですぅ…

かげふみさん』入門

小路啓之の長編としては『イハーブの生活』に続いて2作目で、こちらは現在書店で手に入れることが可能となってます。最近よく書店でプッシュされているので見かけたかたも多いのではないでしょうか。以下のサイトで1話が読めるので、とりあえず読んでみてください。
http://www.gentosha-comics.net/genzo/comics/kagefumisan/#01
なんていうか、これぞ小路ワールドってかんじですよね。絵柄もユニークだし、会話のテンポも最高だし何より1話完結的なのがいいです。


それでこのマンガは全部で3巻なんですが、1巻の下ネタ天国で引いちゃう読者がいるようで*1残念なんですが続く2巻、3巻は本当におもしろいので是非読んで欲しいです。


さて、まずは上のリンク先で読める第1話について語りたいと思います。この話は作品全体のイントロとしても素晴らしいですが、彼の特徴と問題意識が簡潔に表れていると思います。まずは性的問題。これはしょっぱなから男女がまぐわっているのでわかりやすいでしょう。つぎにすぐれた人間観察。がじゅ丸の「身体表現性障害」は実際に存在しており、一種の強迫性障害と考えられているようです。めぐみのメグも強迫性症状を見せていますね。これらの問題意識は非常にアクチュアルなもので現代を生きるわれわれの根本的不安をするどく描き出しています。にもかかわらず彼の作品がわりとサクサク読めるのは、彼が「笑い」というフィルターを通して作品を描くからです。1巻を読んだ方はわかると思うのですが、そのあまりの「下ネタ」に圧倒されたと思います。しかし「下ネタ」という笑いのベールを剥ぎ取れば、そこには日常的に偏在する(そして気づこうとしない)性的問題が立ち現われてくるでしょう。主人公が強迫性障害ということも彼の作品内にはよく見られますが、彼らは一見すると、鬱屈した様子ではありません。むしろ非常にコミカルに描かれています。しかし、それも「笑い」のベールを取ればたちまち抑うつ社会の根本的問題にわれわれは直面するでしょう。1話のラストでは千田シンゴが死にますが、その訳を聞いたメグはピースサインで「自殺は罪ですからね!」と「スッキリ」しています。冷静に考えればスッキリでもなんでもないですよね…。こうした悲劇すらも喜劇へと変える才能をもった稀代の悲喜劇メーカー。それこそが小路啓之だ!!

かげふみさん』の(現実問題的)悲劇

様々な方面で語られていますが、この作品はあまりいい終わり方をしていません。それにはこの作品が置かれた環境に要因があるのです。『かげふみさん』は「Webコミック幻蔵」(幻冬舎コミックス)に連載されていたのですが、まぁこのご時世的な理由で2008年12月号をもって「Webスピカ」に統廃合、合併吸収されました。でこの際、吸収される前に急いで終わらせろという感じで急遽連載終了してしまったのです。というわけで、『かげふみさん』には回収されない複線がかなりあって、3巻の最後を読んだ読者は「おもしろかったけど、あのテープの別の録音帯っていったい…謎がもりだくさんのくせに音沙汰nothingとはなにごとぞ!」って感じだったと思います。もちろん話としては一応完結したので、まぁよしとしましょう。

小路啓之の悲劇はどこまでも…

ですので小路の最初の構想ではあともう1巻ほど多く単行本を出すくらいの予定だったのでは、というのがネット上で交わされた憶測です。こうして終了したかにみえた小路啓之の連載は、「月刊コミックバーズ」5月号からの新連載「来世であいましょう」へと引き継がれたのですが、「コミックバーズ」って最近定価を上げたし、wikipediaに「行部数が極端に少なく、ごく一部の大型書店でしか発売されていないため、「都市伝説雑誌」とも呼ばれていることがある」なんて書かれていて涙目状態ですし、さらに幻冬舎って最近9億円近い横領事件を引き起こしてて*2、なんていうか…連載終了にならないことを祈るばかりです。

かげふみさん』試論

長々と気持ち悪いことを語ってきましたがここからが本題です(笑)


前述したように、彼の作品は非常に鋭い問題意識によって構成されています。『かげふみさん』においても同様でしょう。ここではあえて最大の謎、ぴえぴえパパについて(少ない脳みそで)論を展開していきたいと思います。

ぴえぴえパパとは?

一番上でリンクを貼った第一話の一番最後のコマにでてくる髪が白くて全身白スーツの彼が「ぴえぴえパパ」です。この人、1話から意味ありげに登場してきて、その後もところところ登場してきて明らかにこの物語の超重要キーパーソンだということは間違いないのですが、さっぱりわかりません。謎の人物のままです。複雑に絡み合った物語を紐解いて彼の人物像がうかがえる部分を箇条書きにしてみましょう。


    • とりあえず、メグと同じで「他人から見ることはできない『かげふみさん』属性」であること。別名かげふみ2号(1号はめぐみのメグで3号はキリコ)
    • 1巻前半では、やたらとメグの行動、つまり「暗殺者からターゲットを守る」ことを妨げています。「あなたには誰も救えない」というテーゼを発信しています。
    • ところが1巻の最後で先のテーゼ「あなたには誰も救えない」をメグの前で実践するという無謀な行為にでます。簡単に言うとメグの前で車に轢かれて死ぬんです。たぶん死んでいると思われます。大量の血がでてきたというような描写がみられますから。
    • 2巻では、メグのライバル的存在キリコが「ぴえぴえパパを殺した」と言って(ここで初めて彼の名前が「ぴえぴえパパ」であることが判明)メグを襲ってきます。なるほど、キリコのパパなのか…?
    • 数々の謎を謎のままにした最終巻では、メグの相棒であるがじゅ丸が何者かによって暗殺を依頼されます。すったもんだの末、その暗殺主をつきとめる、正確にはどこにいったか場所がわかるんですが、その最後の地点が1巻でぴえぴえパパが死んだ所なんです。さらに彼の足跡をたどるとメグがこれまで活躍した(ということはこれまで読者が見てきた場所)に必ず行きつく。足跡はぴえぴえパパが死んだ地点で消えているので依頼主はここで死んだということになる…。
    • 3巻の前半ではぴえぴえパパの誕生も描かれています。キリコの母親が自殺して、キリコがやけになってこれまで大切にしていた、会話する不思議なお菓子のスティックを真っ二つにすると中から登場、これがぴえぴえパパの誕生シーンです。(ちなみにキリコの父の描写はない)
    • 最終話では今までの白ぴえぴえパパではなく黒ぴえぴえパパ(僕が勝手に命名)が登場します。これは黒いスーツのぴえぴえで、誰だとは明示されず名前も見受けられません。彼はがじゅ丸を助けようとするメグに彼のテーゼ「誰も助けることはできない」を繰り返す。


以上が客観的に見たぴえぴえパパ像で、たぶん大方の理解を得られると同時に、共通のコンセンサスになりうるものだと思います。(6月23日の記事に続きます)

*1:実際僕の友人がドンビキしてたんですが彼も2巻目以降は楽しんでくれたようです

*2:朝日新聞の記事http://www.asahi.com/national/update/0520/TKY200905190423.html?ref=rssこのご時世に9億って…